2021年04月05日

健保主催ウォーキング大会へ参加してきた


健康保険組合のITSに加入していますが、春季ウォーキング大会というのがあり、人数限定ですが、申し込んでみたら当選したので参加してきました。

9年前に、同じ組合主催のウォーキング大会に参加しましたが、その時は東大赤門前からスタートの「外堀通り桜並木散策」コースでした。

春のウォーキングイベントに参加 2012年04月07日

今回は、中野駅近くからスタートする「中野・哲学堂〜神田川桜並木散策」コースです。

本来なら、桜並木の道ばかりを通ることになる花見ウォーキングの予定でしたが、今年は桜の開花が早く、既に花びらの多くは散ってしまっていたのが残念です。

中野駅から受付のある集合場所へ向かうため、アーケードの中野サンモールを抜けて、普段なら賑やかな中野ブロードウェイの中を歩きましたが、まだ時間が早く、お店はまだやっていない状態でした。

新井薬師の近くの集合場所で受付を済まし、ペットボトルの水とウォーキングの地図をもらってそれに従って歩き始めます。大会参加費は500円(ランチ付き)です。

コースは、新井薬師公園→哲学堂公園→落合橋→せせらぎの里→落合中央公園→淀橋市場→ゴール健保会館(大久保)です。

距離は約7km、1時間半、ゆっくり観光しながらでも2時間の行程です。

明治時代に作られた哲学堂公園は初めて来ましたが、都会の中のオアシスという感じで、森と池などが配置され、古い建造物などもありなかなか面白そうでした。

ウォーキングの途中ですが、ちょこっとだけ写真を撮ってきました。

ただし、哲学の庭には、宗教・哲学・法を代表する人(キリストや釈迦、老子など)の像が建てられていて、知らずに撮影してきましたが、あとでホームページを見ると、哲学の庭は撮影禁止とのこと。なので、せっかくですが掲載もできません。しかしオープンな公園の中の像が撮影禁止って初めてです。

六賢台(明治42年11月建立)
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東洋の六賢人として、中国から荘子、朱子、印度から龍樹、迦比羅仙、日本から聖徳太子、菅原道真が祀られています。

四聖堂(明治37年4月建立)
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東洋哲学から孔子、釈迦、西洋哲学から古代西洋のソクラテス、近世西洋のカントが祀られています。

哲理門と幽霊の像(明治42年〜45年頃建立)
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門の両脇には、心の世界の不思議を表す「幽霊」と、物の世界の不思議を表す「天狗」をそれぞれ象った木像が置かれ、別名「妖怪門」と言われています。

宇宙館(大正2年10月建立)
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「哲学は、宇宙の真理を研究する学問である」とし、哲学上の講話や講習会を行うための講義室として、この宇宙館を建てました。

公園の中は、綺麗に剪定され手入れがなされています。
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哲学堂公園を出てからは桜並木の妙正寺川沿いに南下し、西武線中井駅、下落合駅近くを通り、神田川へ出ます。神田川沿いの桜はまだ少し残っていました。

神田川
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コースの概略図
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小滝橋からは小滝橋通りを新大久保へ向かって歩き、11時前には健保会館に到着。少し早めですが、ビル内の中華レストランで、ランチをいただきました。食い意地が張っていたため、写真はすっかり失念です。

歩数計を見ると中野駅までの歩数を除くと、概ね1万歩です。1歩70cm×1万歩=7kmとなりますね。

毎日、ウォーキングで平均で6〜7千歩は歩いているので、疲れた〜ってほどはなかったです。




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2020年11月22日

12年ぶりにゴルフコースへ出たどー



えらく久しぶりにゴルフをコースへ出てプレイしてきました。

前にコース(ショートコース除く)へ出たのは、なんと12年前の2008年のことです。2008年以降は、足の調子が悪く、また仕事が忙しかった時期と言うこともあって、すっかり離れていました。

20代でゴルフを始め、30代の頃に一番よくプレイしましたが、40代になってからは年に数回程度まで減り、50代は一度も行きませんでした。

そのままフェードアウトしそうでしたが、2016年、2017年に足(股関節)を手術したそのリハビリにちょうど良いかなと、日進月歩の進化が早い昔のゴルフセットを捨て、新しいシューズと手袋、比較的新しい中古のクラブセット一式を買い揃え、月に1〜2回、近所のゴルフ練習場通いをしていました。

そうした中で、以前にレガシィに乗っていた頃に知り合った仲間からお誘いを受け、今回おっかなびっくりで行ってきました。平日プレイで2サム(二人で回れる)という下手で遅くても他の組に迷惑をかけない予約にしてもらいました。

以前していたゴルフは、同伴者よりも飛ばしたい一心で、練習場でもコースでも思いっきり力が入っていましたが、今は元々足のリハビリの為ということもあり、飛ばすことは考えず、ゆったりとしたフォームで軽く打つ練習を続けてきました。

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それが功を奏し、練習場では、今まで右へ左へ、飛び先はボールに聞いてくれ!という弾道ではなく、飛距離は出ないものの、ある程度はまっすぐ飛ぶようになっていました。

ちなみに過去の平均スコアは、恥ずかしくて言えないぐらいひどいものでした。とにかく飛ばすくせに曲がるのでOB連発、深いラフへ打ち込みロストボールが続出し、18ホールで予備のボールが6個ぐらいでは全然不足することもあります。それだけでどんなスコアか想像できるでしょう。

さて、ガラッと変わったプレイスタイルで今回は練習場と同じように、コースでもまっすぐ飛ぶのか!?

で、行ってきました、神奈川県の某カントリークラブ。このコースは過去に来たことがありません。

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山の中というか頂上にあるコースで、天候は微妙で、晴れ間もありつつ、時々雨、常に強風が吹いているという試練のコンディションです。えぇ予防線張ってます。

スタートホールには係員の方がいて、このコースの注意として、

・距離はないがとにかくフェアウェイは狭いのでぶれると即OB
・コース上には隣のホールから打ち込まれたボールがよくある
・OBゾーンは谷か隣のコースなので、ボール回収はあきらめて

と、初心者にとっては恐ろしい注意です。

ドキドキしながらも最初のショットは、安全策をとり、曲がる可能性が高いドライバーをあきらめ、ユーティリティでショッーート!

練習場と同じようにまっ過ぐ飛び、続くセカンドもグリーンのすぐそばへ。

んで、サードの寄せがバッチリいって、ワンパッドで、、、最初のホール、ミドルコース(パー4)でなんと!いきなりパーのスタート!

おぉ!いけるじゃ〜ん!って思ったのもつかの間、あとは推して知るべし、スコアは聞いてくれるな。

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とにかく、風が強くて、アゲンストにしてもフォローにしても、まったく距離が読めません。しかも場所によって風向きが違っていたり、グルグルと巻いている場所もあります。それが山の上の天候です。

ドライバーでナイスショ!と思ったら、強い風に押し戻されてせいぜい150ヤードしか飛んでないとか普通です。狙ったコースへ飛び出したと思ったら風で大きく横に流されOBとか。

やっとグリーンに乗せたかと思うと、風に押されて、コロコロ転がりグリーンから落ちてしまいます。

とにかく立っているのもやっとという場所もあり、とてもゴルフには向かない環境でした。最初のホールでかぶっていた帽子はキツく締めていても3度飛ばされ、すぐにかぶるのをあきらめました。

えぇえぇ、言い訳と泣きが入ってます。

それでもなんとか、前半9ホールを終えてランチです。

デミグラスハンバーグセット
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ランチは、平日プレイセット料金9,450円に含まれていますが、このハンバーグセットは+300円の追加料金が発生します。

過去の会社勤め中のゴルフは、休日にしか行けなかったので、ビジターで安くても2万円台後半、バブルの頃は3万円台、4万円台は普通にかかっていましたので、ランチも入れて1万円を切る料金というのはめちゃ助かります。

後半も前半以上に時々横殴りに降る雨と、気ままな強風にやられて、もう忍耐のゴルフです。

ボールは4〜5個、谷や池に打ち込んでなくしました。風のせいばかりではないですけど。

山岳コースのため、ショットが少しぶれると、深い谷底に落ちてしまい、ボールの回収はあきらめざるを得ません。狭いフェアウェイにも泣かされました。

いやホントいきなり難しい場所&厳しい環境で試練の復帰戦となってしまいました。

もう少し練習を積んだうえで、今度はフェアウェイの広いコースでリベンジしたいと思っています。

いやーしかし12年ぶりのゴルフはスコアされ気にしなければ楽しかった〜

1万円以内で済むのなら、月1回ぐらいは行きたいなぁ〜とやる気満々になってきました(笑)



【関連リンク 遊び】
甲府武田神社と石和温泉でまったり
日帰り温泉とイルミネーション2019
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2019年08月31日

ブラオヤジ8(久々)+名車列伝


2016年と2017年に人工股関節手術を行い、そのリハビリを兼ねてもう2年以上、毎日できるだけ歩くようにしています。

歩数カウントを取り始めたのは2017年2月からですが、目標は月単位で1日平均6千歩。つまり日々凸凹はあるものの、1ヶ月間に均すと6千歩を超えることを目標としています。

ここ1年間のウォーキング歩数(1ヶ月合計歩数と1日平均歩数)です。
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2018年8月〜2019年7月までの1年間合計229万歩、1ヶ月平均19万歩、1日平均6273歩、1歩70cm換算で距離にすると1602kmです。東京から沖縄ぐらいまでの距離になりますね。ただ残念ながら沖縄は、まだ一度も行ったことがありませぬ。

灼熱地獄の時も、雪でツルツル滑る時も、木枯らしが吹くときも、花粉まみれの早春もよく歩きました。最近は、芝生のある公園内を軽くジョギングをしてみたり。この約10年間、ほぼ走ったことがないだけに、とても新鮮です。

そうしてテクテク歩いていると、季節毎の自然や、理想的な住宅や、珍しいクルマにも出会います。

そこで、出会った名車や懐かしいクルマをいくつか紹介しておきます。

トヨタ セラ(1990年〜1994年)
エンジン:5E-FHE型 1,496cc 直4 DOHC
最高出力:110PS/6,400rpm 最大トルク:13.5kgm/5,200rpm
全長3,860mm、全幅1,650mm、全高1,265mm FF駆動
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人気だった小型車スターレット(P70型)がベースで、全面ガラスのグラスキャノピー・グラストップと、ガルウィングドアが特徴です。生産台数は15,892台(国内向け)で、海外向けは約1,000台前後とのことです。
5ナンバーサイズのクルマでこうしたユニークなクルマがあったのがバブリーですね。登場したのがバブルが弾ける直前で、やや遅かったのが残念です。
真夏の太陽の下では、まるで温室で、エアコンが効かないという悲鳴も聞こえてきましたが、トヨタらしい、安易な未来志向のクルマでした。

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日産 ブルーバード 8代目 U12型系(1987年〜1991年)
エンジン:CA18DETなど
最高出力:129kW(175PS)6,400rpmほか
全長4,520mm、全幅1,690mm、全高1,375mm 4WDほか
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スカイラインGTR(R32、R33など)でお馴染みのフルタイム4WDの「アテーサ(ATTESA)」を持ち込んだ1800ツインカムターボSSS ATTESA LIMITEDは、憧れの1台でした。ただスタイルはオーソドックスなセダンでオッサン臭かったです。
日本の交通インフラ(道幅や駐車場)を考えると、セダンとしてはこれぐらいのサイズのクルマが最適に思えますが、バブル崩壊以降は、国内での販売より輸出がメインとなり、さらに国内ではミニバン文化が他を席巻し、このクラスのセダンは凋落していきます。
もう一度、この同等のサイズ、パワー、足回りで登場すれば、当時はまだ若くて買えなかったけど、今なら、、、って思う1台です。

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日産・パオ 初代 PK10型(1989年〜1990年)
エンジン MA10S 987cc 直4OHC 52ps
全長3,740mm、全幅1,570mm、全高1,475mm
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遊び心というか余裕のあった当時の日産がパイクカー(デザイン優先の尖ったクルマ)としてBe-1に続く第2弾として出てきたのがこのパオです。その後もフィガロやエスカルゴと続きます。
総生産台数は31,321台で、これは3ヶ月間の注文予約期間を設け、それに申し込みがあった台数ということになります。
シトロエン・2CVなどを彷彿とさせるレトロというかノスタルジックなスタイルが、「技術の日産」の性能面だけでなく「デザインも日産やるじゃん!」って当時は思わせるものでした。今ではその面影は性能とデザイン両方ともまったくありませんが。

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三菱・パジェロミニ 初代(1994年-1998年)H51/56A型
エンジン:4A30TwinT 659cc 直列4気筒DOHC20バルブICツインスクロールターボ
最高出力:64ps/7,000rpm
全長3,295mm、全幅1,395mm、全高1,630mm
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大きな市営霊園へと向かう道にうち捨てられたような感じで、長く放置されたままになっています。霊園に葬ったつもりなのでしょうかね?ナンバーも付いていて、人もよく通る場所だけに、警察も情報はつかんでいるのでしょうけど、数ヶ月間そのまま放置です。
見たところ、それほど程度は悪くなそうで、ボディも汚れてはいますがへこみもなく綺麗です。人気のターボ車ではなさそうですが、中古車市場へ出せばそれなりに売れそうな気もしますが、どうなんでしょう。ちょっと中古車の本体価格を調べてみると、1997年モデルで、10万円(検査切れ)〜40万円という値が付いています。
クルマの性能としては、言うまでもなく、パジェロを小型化したモデルで、先達のスズキジムニーには及ばないものの、走りや使い勝手には定評があります。駆動方式はFRとパートタイム4WDの2種類があるということです。

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3代目ルーチェ(1977年〜1988年)
エンジン:RE(13B)、2000cc、1800cc
最高出力:13B 135ps〜140ps
全長4,575〜4,625mm、全幅1,690mm、全高1,385〜1,415mm
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3代目ルーチェは、当初ルーチェ レガートという名称で、縦置き角形4灯ヘッドライトが特徴で、豪華さを演出していました。その後1979年のマイナーチェンジで角形2灯ヘッドライトとなり、名称もレガートが取れて元通りのルーチェとなります。
この写真のルーチェは、1979年以降で、フェンダーミラー車なので1982年までのモデルと思われます。知り合いによると、サイドマーカーレンズが橙と白の2色なので、たぶんロータリー車だろうとのこと。そうだとしたら極めて貴重ですね。
ちなみに海外では「マツダ・929」という名で販売され、ロータリーエンジン搭載モデルは「マツダ・RX-4」という名称が付けられていました。
中古車市場ではロータリーエンジン車はなかなか出てこないようで、レシプロエンジン車でも100万円近くしているところをみると、ロータリー車だといくらになることやらです。

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三菱 ランサーエボリューションVI GSR GF-CP9A(1999年〜2000年)
エンジン:4G63型:2.0L 直4ターボ
最高出力:280PS/6,500rpm
全長4,350mm、全幅 1,770mm、全高1,415mm
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ランエボ第二世代(4〜6)の最終モデルがこのVI(6)で、GSRが6868台、よりスパルタンなRSが726台販売されました。新車価格はGSRが3,248,000円。WRCにも出場し、1999年にはトミ・マキネンがドライバーズタイトルを取りました。
ランエボ第二世代の中でもV以降は3ナンバーとなり、ボディがワイド化され、トレッドが拡がり、AYC(アクティブヨーコントロール)が組み合わせれ、ライバルのインプレッサWRXにも引けを取らなくなりました。
中古車市場でも人気で、程度にもよりますが100万円から、販売当時の価格を上回る490万円(トミー・マキネンエディション スペシャルカラーリングパッケージ)まであります。

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スバル・インプレッサ 初代 GC/GF系(1992年〜2000年)
エンジン:EJ20型・DOHCターボ 他
最高出力:240ps 他
全長4,340mm、全幅1,690mm、全高1,405mm
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写真のモデルは、外観とホイール形状から1999年〜2000年のWRX type R STiと思われます(違っていたらゴメン)。このWRX type R STiモデルには手元のダイヤルで前後輪のトルク配分を調節ができる「DCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)」が装着され、より過激な走りに向いた仕様となっています。唯一と言って良いライバルのランエボが次第に電子コントロール化していくのに対し、派手さはないものの、あくまで機械式をメインに進歩を続けていくインプレッサを応援していくコアなユーザーが増えだしたのもこの頃からでしょうか。
中古車市場では、程度によりますが、この年式(20年前のモデル)でも200万円以上はします。

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2019年05月18日

人間ドックと赤坂散歩


1年に1回受診する人間ドックですが、昨年度の予約がなかなか取れず、結局今年の1月にようやく取れて行ってきました。

したがって今年度も来年(2020年)1月頃でいいやと予約を入れていたところ、「今年度分は12月までに受診せよ!」とのお達しがきて、再予約をしようと思ったら、この5月しか空いている日がなく、仕方なく前回から4ヶ月目にして行ってきました。

あまり詰めてX線(胸部レントゲン&胃のレントゲン)を受けたくないけど、仕方ないですね。

日本人に胃がんの発生が多いのは、胃のレントゲンを毎年熱心に受けているからだ!?というジョークもあるぐらいです。

検診はいつもの赤坂山王にある綺麗な検診専門の施設で、毎回気持ちよく受診ができるので、助かっています。

朝早く行ったために検査は淡々と進み、特に異常値は出ていなかったようで、受診後の医師との面談は設定はされず、ランチの券をもらってビルを出たのは1時間後です。

ランチは同じビルの中にある寿司店で食べられますが、営業時間にはまだ少し早くて待ち時間があります。

そこで、いつものことですが、近くにある昔ながらの喫茶店へ行き、モーニングセット。

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朝食を抜いているので、コーヒーとトーストがバリウムで満たされている胃に浸みますw

そして寿司店のオープンに合わせて戻り、続いてランチをいただきます。これもいつもと同じパターンです。

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1年に一度ですけど、ランチは毎回同じものが出てくるのでちょっと飽きました。せめて何種類か選べるとか、寿司店以外の店に変えてくれるとありがたいのですが、贅沢は言えません。

さて、人間ドックも終わり、仕事に行くところですが、せっかく歴史ある赤坂に来ているので、ウォーキングがてらに近所をちょっと歩いてみました。

歩き出してさっそく目に入ったのが「勝海舟、坂本龍馬師弟像」

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なぜに勝海舟、龍馬?って思ったら、江戸時代にこの近くに勝海舟が住んでいたということでした。そこで龍馬など多くの幕末の名士達と会っていたと言うことのようです。この像は比較的最近2016年に造られたものです。

勝海舟邸跡(港区赤坂6-10-39)は上記の場所から少し離れたところにあります。
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現在は古そうなビルが建っているだけです。

赤坂氷川公園から望むTBSと赤坂サカスなどビル群
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討ち入り騒動で召し上げられてしまった赤穂藩浅野内匠(あさの たくみのかみ)頭の屋敷跡の赤坂氷川公園は、今は立派なバラ園が整備されていてちょうど綺麗に咲いていました。

赤坂はその名の通り坂道ばかりで、ウォーキングには少し負担がかかって良い感じです。そこで働いたり、住んでいる人には毎日のことでたいへんでしょうけど。

転坂(ころびざか)
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「江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよくころんだために呼んだ」と書いてありました。

転坂と氷川坂をテクテク登っていくと、千年以上の歴史がある赤坂氷川神社があります。

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場所柄か、参拝者には外国人の方が多かったです。しかも観光客と言うよりも地元に住んでいる感じの外国人です。

おみくじは久々の大吉\(^o^)/
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その後赤坂駅の近くまで戻ってきましたが、中華料理店なのに「かおたん」ってひらがなで書かれた変わった店を発見。

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SKE48のかおたん(松村香織)や、かおたんの熱烈なファンがオーナーってことはないだろうしw、、、って、帰ってから調べると、中国福建省の高級スープ「高湯(かおたん)」に由来ってことのようです。同じグループ店には「かおたんラーメン」とかもあるみたいです。

さすがに、モーニングとランチを食べた後なのでお店には入りませんでした。

そーいや1月に人間ドックに来たときには、同じくモーニングとランチを食べた後、天下一品(赤坂店)の味がさねを食べたなぁーって思い出しました。

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見境なくむちゃくちゃ食ってますね〜
道理で1月からの4ヶ月間で、体重が1kg増えていましたww(T_T)

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2019年02月02日

ブラオヤジ7(含む旧車シリーズ)


2017年2月から歩数を記録し続けているリハビリを兼ねたウォーキングは丸2年が経ちました。その間、目標は1日平均6千歩で、習慣化したおかげで今でも続いています。

ただ今年は、毎日6千歩を休まず歩こうというのではなく、メリハリを付けて、歩く日は1万歩でもしっかり歩き、歩かない日も時々あるという緩やかな使命を自分に与えています。その結果、月単位で1日平均6千歩に達すれば上出来としています。

すでにウォーキングの範囲内で、新たな旧車(変な表現)を見つけることは少なくなってきていますが、ここ3ヶ月ほどで少し溜まってきたのでまとめておきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

三菱 ランサーEX(2代目)A175型 1979年〜1987年

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写真は1981年以降の1800GSRターボ、通称ランタボと思われます。1970年代にラリー界で大活躍した初代ランサーの後を受けて、WRCにも参戦。1982年1000湖ラリーに出場し3位に入るもすぐに撤退。WRCはその後同じエンジンを載せたスタリオン4WDへと引き継がれますがパッとせず、1992年以降にその遺伝子は4代目ランサーから派生したランサーエボリューション(初代)へと引き継がれていきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 グロリア(9代目)Y32型系 1991年〜1995年

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日産が誇る高級乗用車の姉妹車セドリック(ダットサン系)とグロリア(プリンス系)はこのモデル以前は5ナンバーサイズでした。このモデルで初めて3ナンバーへと幅が拡大します。
長くトヨタクラウンと豪華さや性能を競ってきましたが、この時代のセドグロコンビはクラウンに対して善戦していました。やがて高級乗用車市場は日産シーマ、トヨタセルシオ(レクサス)とワンランク上へ移っていき、セドグロは2004年に後継車フーガに託してその名は消えることになります。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 サニー(6代目)B12型系 1985年〜1990年

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それまでの平凡で埋没しそうなスタイルから、定規をあてたような直線と角張ったスタイルに変身したモデルです。1983年からフォルクスワーゲンの小型セダン、サンタナを日産が国内で製造・販売をしていて、そのスタイリングや性能に影響を受けたと言われています。いわばミニサンタナですね。この頃のサニーは派生型スポーツモデルなども出して健闘しましたが、トヨタカローラの牙城を脅かすには至らず、9代目サニーを最後に2006年に消滅しました。ちなみにサニーという名称は公募で決まったという珍しいパターンです。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産サニートラック(2代目)GBB121/122型 1977年〜1989年

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サニトラの愛称で、古き良き時代のMade in Japanというか、タフで壊れにくく、使い勝手が良い商用トラックとして、日本国内のみならずアフリカや東南アジアでもよく走っています。排気量が1200ccのA型エンジンでMTのみ。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 エスカルゴ(S-Cargo) 1989年〜1990年

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商用貨物車のカテゴリーに入るスタイリング重視のパイクカーです。受注生産で2年間の間に約1万600台が販売されました。エンジンはE15S 直4 SOHC 1487cc。同種のパイクカーとしてBe-1、フィガロ、パオなどがあり、日産やるなーと思った時期でしたが、お遊びが過ぎたのか、その後は急速に保守的となり、経営が一気に厳しくなります。そして2000年にカルロス・ゴーン氏が乗り込んでくるわけです。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 ラシーン NB14型 1994年〜2000年

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現在世界中で大流行しているクロスオーバーSUVの先駆け的な存在の4WD。この車体色はCMで使われていたドラえもんに準じ「ドラえもんブルー」と言われていたとか。エンジンは1.5、1.8、2.0と3種類ありました。ドラえもんは、その後トヨタ車の宣伝キャラクターへ心変わりしていきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 180SX RS13/RPS13/KRPS13/RPS13型 1989年〜1998年

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S13型シルビア(5代目シルビア)と姉妹車です。この180SXにシルビアのフロントをパコッと移植したものが俗に言う「シルエイティ」で、古き良きドリフト大好きFRスポーツ車です。エンジンは1800ccと2000ccの2種類があり、いずれもターボで過給、スポーツ性能は高いものがありました。トヨタのAE86(レビン&トレノ)は1987年に生産が終わり、その後ドリフト走行が楽しめる小型FR車としては数少ないモデルとなります。またドリフト族には不評でしたが、日産ご自慢の4輪操舵システムHICASを装備したモデルもありました。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

マツダ ロードスター(初代)NA系 1989年〜1997年

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当初は販売チャネルの関係でユーノスロードスターという名前でした。一時的にはヒットしてもすぐに売れなくなり数が出ないこうした2シーターオープンスポーツカーを大量生産してナンボの大メーカーが作るのはとてもリスクがあり難しいのですが、これがなんと世界的に大ヒットして現在は4代目ND系へとつながっていきます。「世界で最も売れた2シータースポーツカー」というのでギネスにも登録されているとか。このNA型のエンジンは1600ccと1800ccの2種類あり、ボディサイズは5ナンバー枠に入っています。ロードスターの中でリトラクタブルヘッドライトはこのNA型モデルのみです。

個人的には1996年(23年前!)にレンタカーでこのNAのマニュアル車を3日間借りて遊び倒しましたが、いや〜めちゃ楽しかったです。

その時の唯一残っていた写真w
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 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

ホンダ CR-X(2代目)EF6/7/8型 1987〜1992年

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ホンダお得意のFFライトウェイトスポーツとして初代が1983年にデビューし若者に大ヒット。その2代目です。本当に小さく天井も低いので、後席は大人がちゃんと乗れずお飾りのようなものでした。若いカップルにとってはそれで十分ということなのでしょう。その後3代目まで、1997年までは作られましたがやがて廃止。
このコンセプトはまだいけるはずだ!とホンダの誰かが思ったのか、2010年には同様のコンセプトで作られたCR-Zがハイブリッド車として登場しましたが、若者ではなく若作りな中高年にしか理解されず、鳴かず飛ばずに終わり、あまり売れないまま2017年に静かに生産が打ち切られました。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

トヨタ セリカ(5代目)T180型 1989年〜1993年

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このタイプのセリカまではベーシックモデルは5ナンバーサイズだったものの、後期にGT-FOUR Aのワイドボディが登場し、3ナンバーモデルとなりました。
WRCでは圧倒的な強さを見せていたランチアデルタの牙城を崩し、1990年に日本車としては初の年間ドライバータイトルをカルロス・サインツが取得する快挙を達成しました。
映画「私をスキーへ連れてって」(1987年)でゲレンデ等を爆走するGT-FOURは、このひとつ前のST165型です。

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フォード・Fシリーズ(2代目) 1953年〜1956年

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F-100かな?よくわかりません。このフォードFシリーズ(ピックアップトラック)は1948年の初代から、現在の13代目まで途切れることなく脈々と続いている長寿のクルマ(名称)です。アメリカの古い映画を見ていると田舎を走るシーンにこのトラックがよく象徴的に出てきます。
日本車でもっとも長寿のトヨタクラウンは2018年にFMCした現在のモデルで15代目で、最初に登場した初代が1955年なので、その7年前からこの車種は継続していることになります。
し、しかし、私とほぼ同い年ということは60年以上前のクルマなんですねぇ、、、走るスクラップというか、私と同様、よく生きながらえているのが不思議です。

【過去のブラオヤジ】
ブラオヤジ4(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ5(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ6




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posted by makan at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康