2019年08月31日

ブラオヤジ8(久々)+名車列伝



2016年と2017年に人工股関節手術を行い、そのリハビリを兼ねてもう2年以上、毎日できるだけ歩くようにしています。

歩数カウントを取り始めたのは2017年2月からですが、目標は月単位で1日平均6千歩。つまり日々凸凹はあるものの、1ヶ月間に均すと6千歩を超えることを目標としています。

ここ1年間のウォーキング歩数(1ヶ月合計歩数と1日平均歩数)です。
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2018年8月〜2019年7月までの1年間合計229万歩、1ヶ月平均19万歩、1日平均6273歩、1歩70cm換算で距離にすると1602kmです。東京から沖縄ぐらいまでの距離になりますね。ただ残念ながら沖縄は、まだ一度も行ったことがありませぬ。

灼熱地獄の時も、雪でツルツル滑る時も、木枯らしが吹くときも、花粉まみれの早春もよく歩きました。最近は、芝生のある公園内を軽くジョギングをしてみたり。この約10年間、ほぼ走ったことがないだけに、とても新鮮です。

そうしてテクテク歩いていると、季節毎の自然や、理想的な住宅や、珍しいクルマにも出会います。

そこで、出会った名車や懐かしいクルマをいくつか紹介しておきます。

トヨタ セラ(1990年〜1994年)
エンジン:5E-FHE型 1,496cc 直4 DOHC
最高出力:110PS/6,400rpm 最大トルク:13.5kgm/5,200rpm
全長3,860mm、全幅1,650mm、全高1,265mm FF駆動
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人気だった小型車スターレット(P70型)がベースで、全面ガラスのグラスキャノピー・グラストップと、ガルウィングドアが特徴です。生産台数は15,892台(国内向け)で、海外向けは約1,000台前後とのことです。
5ナンバーサイズのクルマでこうしたユニークなクルマがあったのがバブリーですね。登場したのがバブルが弾ける直前で、やや遅かったのが残念です。
真夏の太陽の下では、まるで温室で、エアコンが効かないという悲鳴も聞こえてきましたが、トヨタらしい、安易な未来志向のクルマでした。

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日産 ブルーバード 8代目 U12型系(1987年〜1991年)
エンジン:CA18DETなど
最高出力:129kW(175PS)6,400rpmほか
全長4,520mm、全幅1,690mm、全高1,375mm 4WDほか
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スカイラインGTR(R32、R33など)でお馴染みのフルタイム4WDの「アテーサ(ATTESA)」を持ち込んだ1800ツインカムターボSSS ATTESA LIMITEDは、憧れの1台でした。ただスタイルはオーソドックスなセダンでオッサン臭かったです。
日本の交通インフラ(道幅や駐車場)を考えると、セダンとしてはこれぐらいのサイズのクルマが最適に思えますが、バブル崩壊以降は、国内での販売より輸出がメインとなり、さらに国内ではミニバン文化が他を席巻し、このクラスのセダンは凋落していきます。
もう一度、この同等のサイズ、パワー、足回りで登場すれば、当時はまだ若くて買えなかったけど、今なら、、、って思う1台です。

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日産・パオ 初代 PK10型(1989年〜1990年)
エンジン MA10S 987cc 直4OHC 52ps
全長3,740mm、全幅1,570mm、全高1,475mm
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遊び心というか余裕のあった当時の日産がパイクカー(デザイン優先の尖ったクルマ)としてBe-1に続く第2弾として出てきたのがこのパオです。その後もフィガロやエスカルゴと続きます。
総生産台数は31,321台で、これは3ヶ月間の注文予約期間を設け、それに申し込みがあった台数ということになります。
シトロエン・2CVなどを彷彿とさせるレトロというかノスタルジックなスタイルが、「技術の日産」の性能面だけでなく「デザインも日産やるじゃん!」って当時は思わせるものでした。今ではその面影は性能とデザイン両方ともまったくありませんが。

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三菱・パジェロミニ 初代(1994年-1998年)H51/56A型
エンジン:4A30TwinT 659cc 直列4気筒DOHC20バルブICツインスクロールターボ
最高出力:64ps/7,000rpm
全長3,295mm、全幅1,395mm、全高1,630mm
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大きな市営霊園へと向かう道にうち捨てられたような感じで、長く放置されたままになっています。霊園に葬ったつもりなのでしょうかね?ナンバーも付いていて、人もよく通る場所だけに、警察も情報はつかんでいるのでしょうけど、数ヶ月間そのまま放置です。
見たところ、それほど程度は悪くなそうで、ボディも汚れてはいますがへこみもなく綺麗です。人気のターボ車ではなさそうですが、中古車市場へ出せばそれなりに売れそうな気もしますが、どうなんでしょう。ちょっと中古車の本体価格を調べてみると、1997年モデルで、10万円(検査切れ)〜40万円という値が付いています。
クルマの性能としては、言うまでもなく、パジェロを小型化したモデルで、先達のスズキジムニーには及ばないものの、走りや使い勝手には定評があります。駆動方式はFRとパートタイム4WDの2種類があるということです。

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3代目ルーチェ(1977年〜1988年)
エンジン:RE(13B)、2000cc、1800cc
最高出力:13B 135ps〜140ps
全長4,575〜4,625mm、全幅1,690mm、全高1,385〜1,415mm
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3代目ルーチェは、当初ルーチェ レガートという名称で、縦置き角形4灯ヘッドライトが特徴で、豪華さを演出していました。その後1979年のマイナーチェンジで角形2灯ヘッドライトとなり、名称もレガートが取れて元通りのルーチェとなります。
この写真のルーチェは、1979年以降で、フェンダーミラー車なので1982年までのモデルと思われます。知り合いによると、サイドマーカーレンズが橙と白の2色なので、たぶんロータリー車だろうとのこと。そうだとしたら極めて貴重ですね。
ちなみに海外では「マツダ・929」という名で販売され、ロータリーエンジン搭載モデルは「マツダ・RX-4」という名称が付けられていました。
中古車市場ではロータリーエンジン車はなかなか出てこないようで、レシプロエンジン車でも100万円近くしているところをみると、ロータリー車だといくらになることやらです。

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三菱 ランサーエボリューションVI GSR GF-CP9A(1999年〜2000年)
エンジン:4G63型:2.0L 直4ターボ
最高出力:280PS/6,500rpm
全長4,350mm、全幅 1,770mm、全高1,415mm
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ランエボ第二世代(4〜6)の最終モデルがこのVI(6)で、GSRが6868台、よりスパルタンなRSが726台販売されました。新車価格はGSRが3,248,000円。WRCにも出場し、1999年にはトミ・マキネンがドライバーズタイトルを取りました。
ランエボ第二世代の中でもV以降は3ナンバーとなり、ボディがワイド化され、トレッドが拡がり、AYC(アクティブヨーコントロール)が組み合わせれ、ライバルのインプレッサWRXにも引けを取らなくなりました。
中古車市場でも人気で、程度にもよりますが100万円から、販売当時の価格を上回る490万円(トミー・マキネンエディション スペシャルカラーリングパッケージ)まであります。

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スバル・インプレッサ 初代 GC/GF系(1992年〜2000年)
エンジン:EJ20型・DOHCターボ 他
最高出力:240ps 他
全長4,340mm、全幅1,690mm、全高1,405mm
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写真のモデルは、外観とホイール形状から1999年〜2000年のWRX type R STiと思われます(違っていたらゴメン)。このWRX type R STiモデルには手元のダイヤルで前後輪のトルク配分を調節ができる「DCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)」が装着され、より過激な走りに向いた仕様となっています。唯一と言って良いライバルのランエボが次第に電子コントロール化していくのに対し、派手さはないものの、あくまで機械式をメインに進歩を続けていくインプレッサを応援していくコアなユーザーが増えだしたのもこの頃からでしょうか。
中古車市場では、程度によりますが、この年式(20年前のモデル)でも200万円以上はします。

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【ブラオヤジ・シリーズ】
ブラオヤジ
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2019年05月18日

人間ドックと赤坂散歩



1年に1回受診する人間ドックですが、昨年度の予約がなかなか取れず、結局今年の1月にようやく取れて行ってきました。

したがって今年度も来年(2020年)1月頃でいいやと予約を入れていたところ、「今年度分は12月までに受診せよ!」とのお達しがきて、再予約をしようと思ったら、この5月しか空いている日がなく、仕方なく前回から4ヶ月目にして行ってきました。

あまり詰めてX線(胸部レントゲン&胃のレントゲン)を受けたくないけど、仕方ないですね。

日本人に胃がんの発生が多いのは、胃のレントゲンを毎年熱心に受けているからだ!?というジョークもあるぐらいです。

検診はいつもの赤坂山王にある綺麗な検診専門の施設で、毎回気持ちよく受診ができるので、助かっています。

朝早く行ったために検査は淡々と進み、特に異常値は出ていなかったようで、受診後の医師との面談は設定はされず、ランチの券をもらってビルを出たのは1時間後です。

ランチは同じビルの中にある寿司店で食べられますが、営業時間にはまだ少し早くて待ち時間があります。

そこで、いつものことですが、近くにある昔ながらの喫茶店へ行き、モーニングセット。

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朝食を抜いているので、コーヒーとトーストがバリウムで満たされている胃に浸みますw

そして寿司店のオープンに合わせて戻り、続いてランチをいただきます。これもいつもと同じパターンです。

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1年に一度ですけど、ランチは毎回同じものが出てくるのでちょっと飽きました。せめて何種類か選べるとか、寿司店以外の店に変えてくれるとありがたいのですが、贅沢は言えません。

さて、人間ドックも終わり、仕事に行くところですが、せっかく歴史ある赤坂に来ているので、ウォーキングがてらに近所をちょっと歩いてみました。

歩き出してさっそく目に入ったのが「勝海舟、坂本龍馬師弟像」

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なぜに勝海舟、龍馬?って思ったら、江戸時代にこの近くに勝海舟が住んでいたということでした。そこで龍馬など多くの幕末の名士達と会っていたと言うことのようです。この像は比較的最近2016年に造られたものです。

勝海舟邸跡(港区赤坂6-10-39)は上記の場所から少し離れたところにあります。
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現在は古そうなビルが建っているだけです。

赤坂氷川公園から望むTBSと赤坂サカスなどビル群
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討ち入り騒動で召し上げられてしまった赤穂藩浅野内匠(あさの たくみのかみ)頭の屋敷跡の赤坂氷川公園は、今は立派なバラ園が整備されていてちょうど綺麗に咲いていました。

赤坂はその名の通り坂道ばかりで、ウォーキングには少し負担がかかって良い感じです。そこで働いたり、住んでいる人には毎日のことでたいへんでしょうけど。

転坂(ころびざか)
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「江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよくころんだために呼んだ」と書いてありました。

転坂と氷川坂をテクテク登っていくと、千年以上の歴史がある赤坂氷川神社があります。

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場所柄か、参拝者には外国人の方が多かったです。しかも観光客と言うよりも地元に住んでいる感じの外国人です。

おみくじは久々の大吉\(^o^)/
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その後赤坂駅の近くまで戻ってきましたが、中華料理店なのに「かおたん」ってひらがなで書かれた変わった店を発見。

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SKE48のかおたん(松村香織)や、かおたんの熱烈なファンがオーナーってことはないだろうしw、、、って、帰ってから調べると、中国福建省の高級スープ「高湯(かおたん)」に由来ってことのようです。同じグループ店には「かおたんラーメン」とかもあるみたいです。

さすがに、モーニングとランチを食べた後なのでお店には入りませんでした。

そーいや1月に人間ドックに来たときには、同じくモーニングとランチを食べた後、天下一品(赤坂店)の味がさねを食べたなぁーって思い出しました。

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見境なくむちゃくちゃ食ってますね〜
道理で1月からの4ヶ月間で、体重が1kg増えていましたww(T_T)

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2019年02月02日

ブラオヤジ7(含む旧車シリーズ)


2017年2月から歩数を記録し続けているリハビリを兼ねたウォーキングは丸2年が経ちました。その間、目標は1日平均6千歩で、習慣化したおかげで今でも続いています。

ただ今年は、毎日6千歩を休まず歩こうというのではなく、メリハリを付けて、歩く日は1万歩でもしっかり歩き、歩かない日も時々あるという緩やかな使命を自分に与えています。その結果、月単位で1日平均6千歩に達すれば上出来としています。

すでにウォーキングの範囲内で、新たな旧車(変な表現)を見つけることは少なくなってきていますが、ここ3ヶ月ほどで少し溜まってきたのでまとめておきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

三菱 ランサーEX(2代目)A175型 1979年〜1987年

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写真は1981年以降の1800GSRターボ、通称ランタボと思われます。1970年代にラリー界で大活躍した初代ランサーの後を受けて、WRCにも参戦。1982年1000湖ラリーに出場し3位に入るもすぐに撤退。WRCはその後同じエンジンを載せたスタリオン4WDへと引き継がれますがパッとせず、1992年以降にその遺伝子は4代目ランサーから派生したランサーエボリューション(初代)へと引き継がれていきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 グロリア(9代目)Y32型系 1991年〜1995年

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日産が誇る高級乗用車の姉妹車セドリック(ダットサン系)とグロリア(プリンス系)はこのモデル以前は5ナンバーサイズでした。このモデルで初めて3ナンバーへと幅が拡大します。
長くトヨタクラウンと豪華さや性能を競ってきましたが、この時代のセドグロコンビはクラウンに対して善戦していました。やがて高級乗用車市場は日産シーマ、トヨタセルシオ(レクサス)とワンランク上へ移っていき、セドグロは2004年に後継車フーガに託してその名は消えることになります。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 サニー(6代目)B12型系 1985年〜1990年

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それまでの平凡で埋没しそうなスタイルから、定規をあてたような直線と角張ったスタイルに変身したモデルです。1983年からフォルクスワーゲンの小型セダン、サンタナを日産が国内で製造・販売をしていて、そのスタイリングや性能に影響を受けたと言われています。いわばミニサンタナですね。この頃のサニーは派生型スポーツモデルなども出して健闘しましたが、トヨタカローラの牙城を脅かすには至らず、9代目サニーを最後に2006年に消滅しました。ちなみにサニーという名称は公募で決まったという珍しいパターンです。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産サニートラック(2代目)GBB121/122型 1977年〜1989年

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サニトラの愛称で、古き良き時代のMade in Japanというか、タフで壊れにくく、使い勝手が良い商用トラックとして、日本国内のみならずアフリカや東南アジアでもよく走っています。排気量が1200ccのA型エンジンでMTのみ。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 エスカルゴ(S-Cargo) 1989年〜1990年

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商用貨物車のカテゴリーに入るスタイリング重視のパイクカーです。受注生産で2年間の間に約1万600台が販売されました。エンジンはE15S 直4 SOHC 1487cc。同種のパイクカーとしてBe-1、フィガロ、パオなどがあり、日産やるなーと思った時期でしたが、お遊びが過ぎたのか、その後は急速に保守的となり、経営が一気に厳しくなります。そして2000年にカルロス・ゴーン氏が乗り込んでくるわけです。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 ラシーン NB14型 1994年〜2000年

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現在世界中で大流行しているクロスオーバーSUVの先駆け的な存在の4WD。この車体色はCMで使われていたドラえもんに準じ「ドラえもんブルー」と言われていたとか。エンジンは1.5、1.8、2.0と3種類ありました。ドラえもんは、その後トヨタ車の宣伝キャラクターへ心変わりしていきます。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

日産 180SX RS13/RPS13/KRPS13/RPS13型 1989年〜1998年

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S13型シルビア(5代目シルビア)と姉妹車です。この180SXにシルビアのフロントをパコッと移植したものが俗に言う「シルエイティ」で、古き良きドリフト大好きFRスポーツ車です。エンジンは1800ccと2000ccの2種類があり、いずれもターボで過給、スポーツ性能は高いものがありました。トヨタのAE86(レビン&トレノ)は1987年に生産が終わり、その後ドリフト走行が楽しめる小型FR車としては数少ないモデルとなります。またドリフト族には不評でしたが、日産ご自慢の4輪操舵システムHICASを装備したモデルもありました。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

マツダ ロードスター(初代)NA系 1989年〜1997年

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当初は販売チャネルの関係でユーノスロードスターという名前でした。一時的にはヒットしてもすぐに売れなくなり数が出ないこうした2シーターオープンスポーツカーを大量生産してナンボの大メーカーが作るのはとてもリスクがあり難しいのですが、これがなんと世界的に大ヒットして現在は4代目ND系へとつながっていきます。「世界で最も売れた2シータースポーツカー」というのでギネスにも登録されているとか。このNA型のエンジンは1600ccと1800ccの2種類あり、ボディサイズは5ナンバー枠に入っています。ロードスターの中でリトラクタブルヘッドライトはこのNA型モデルのみです。

個人的には1996年(23年前!)にレンタカーでこのNAのマニュアル車を3日間借りて遊び倒しましたが、いや〜めちゃ楽しかったです。

その時の唯一残っていた写真w
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 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

ホンダ CR-X(2代目)EF6/7/8型 1987〜1992年

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ホンダお得意のFFライトウェイトスポーツとして初代が1983年にデビューし若者に大ヒット。その2代目です。本当に小さく天井も低いので、後席は大人がちゃんと乗れずお飾りのようなものでした。若いカップルにとってはそれで十分ということなのでしょう。その後3代目まで、1997年までは作られましたがやがて廃止。
このコンセプトはまだいけるはずだ!とホンダの誰かが思ったのか、2010年には同様のコンセプトで作られたCR-Zがハイブリッド車として登場しましたが、若者ではなく若作りな中高年にしか理解されず、鳴かず飛ばずに終わり、あまり売れないまま2017年に静かに生産が打ち切られました。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

トヨタ セリカ(5代目)T180型 1989年〜1993年

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このタイプのセリカまではベーシックモデルは5ナンバーサイズだったものの、後期にGT-FOUR Aのワイドボディが登場し、3ナンバーモデルとなりました。
WRCでは圧倒的な強さを見せていたランチアデルタの牙城を崩し、1990年に日本車としては初の年間ドライバータイトルをカルロス・サインツが取得する快挙を達成しました。
映画「私をスキーへ連れてって」(1987年)でゲレンデ等を爆走するGT-FOURは、このひとつ前のST165型です。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

フォード・Fシリーズ(2代目) 1953年〜1956年

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F-100かな?よくわかりません。このフォードFシリーズ(ピックアップトラック)は1948年の初代から、現在の13代目まで途切れることなく脈々と続いている長寿のクルマ(名称)です。アメリカの古い映画を見ていると田舎を走るシーンにこのトラックがよく象徴的に出てきます。
日本車でもっとも長寿のトヨタクラウンは2018年にFMCした現在のモデルで15代目で、最初に登場した初代が1955年なので、その7年前からこの車種は継続していることになります。
し、しかし、私とほぼ同い年ということは60年以上前のクルマなんですねぇ、、、走るスクラップというか、私と同様、よく生きながらえているのが不思議です。

【過去のブラオヤジ】
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2018年10月06日

変わりつつある公園の遊具



リハビリを兼ねて、ここ1年半ほど家の半径2キロメートルぐらいを歩き倒したために、ウォーキング中にもう新しい発見はないかなと思っていましたが、ここにきて意外なものを発見。

通常、住宅地の中に作られた小ぶりな公園の中に設置されている遊具は、滑り台とかブランコ、シーソー、砂場、せいぜいジャングルジムのようなもので、基本幼児から小学生向けの遊具がほとんどでしょう。

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ところが最近は、少子化&高齢化の影響もあるのか、新しい公園の遊具に今までにはなかった遊具が設置され驚きました。

単にここ10数年間公園に縁がなく、知らなかっただけかも知れませんが。

・ぶら下がり器(懸垂台)
・ツイストボード
・腹筋ベンチ
・背伸ばしベンチ

なんてものが設置されている児童?公園があるのです。

基本的にはそれらの遊具は児童向けではなく、大人向け遊具というか健康器具で、お金を払っていくスポーツジムなどでよく見かけるものです。

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公園によっては雑草が伸び放題で、あまり使われている様子がない場所もあります。

そういうところは、虫除けを塗っていかないと蚊に襲撃されてひどい目に遭いますw

こうした健康遊具、どれぐらい普及しているのかな?と思って調べてみると、まだ極めて少なく特定の場所だけに設置されているようです。

川崎市内にある公園は1191カ所で、その中で健康遊具が設置されているのはわずか24カ所ですから、率にすると2%、もし見つけたらそれは極めてレアな公園ということになりそうです。

健康遊具のある主な公園・緑地(川崎市)

但し、上記データにはまだ記載がされていない新しい公園に健康遊具が設置されていたりしますので、今はもっと増えているのかも知れません。

そんなレアな遊具ですが、ウォーキングしている範囲内に2カ所ありました。

子供の頃に公園で遊ぶと言えば、三角ベース、キックベースボール、鬼ごっこ(泥警)、缶蹴り、ドッジボールなど、仲間と一緒に遊ぶ場所という印象が強かったのですが、今の公園は、ボール遊び禁止など、いろいろと制約も多く、基本的にはひとりか保護者とだけで遊ぶ遊具が多い気がします。

こうした健康遊具も基本ひとりで黙々とやるためのもので、おそらくですが、公園の周囲の住民の要望で、減少していく子供の遊具ではなく、暇を持て余しているまだ元気な高齢者を含む大人向けの遊具が設置される傾向にあると思われます。

確かにそうした器具設置の公園周辺では、子供の声はなく、散歩か庭いじり、洗車をしている高齢者ばかりという感じもします。

近くに大きな多目的グランドもあり、土日曜日は少年サッカーなど子供が中心に使っていますが、平日は高齢者が集まってなにかひっそりとやってます。

地域的に団塊世代以上が多く住んでいることもあってか、公園のような公的な施設は、その団塊世代とそのジュニア世代に向けたものが多くなってきているのでしょう。

最終的になにを作るか、設置するかは、全共闘時代や熾烈な競争社会を生き抜いてきた、声が大きな人達、そして多数決で決まるでしょうから、人数が少ないその他の世代にはまるで勝ち目はありません。

さて、健康遊具のひとつ、懸垂台ですが、懸垂をするのは、たぶん中学生の時以来で、当然のことながら上腕を鍛えるような運動は今までしてこなかったので、まったく身体は持ち上がりません。

って言うか、ぶら下がっているだけでも、すぐに手が痛くなり、持ちこたえられません、、、情けない、、、

新たにオリンピック競技となったスポーツクライミングでは、競技者が片腕や指の力だけで軽々と身体を持ち上げている姿を見ますが、あれを見るとまったく宇宙人としか見えません。

衰えは激しく、さらに大人になると余計な脂肪という余分な重りをため込んでいるわけで、中学生の頃のようにヒョイヒョイと懸垂することはできません。

せっかくこうした器具が近所にあるなら使わない手はなく、ちょっと最初のうちは、通行人など人の目もあって気恥ずかしいですが、少しずつ体を慣らして、懸垂ができるように頑張ってみたいと思います。

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2018年09月15日

日本本州徒歩で縦断達成!但し仮想コース



2016年と2017年に人工股関節置換手術をおこなったことから、そのリハビリ目的で、とにかく毎日歩こうと決めていました。いわゆるウォーキングというやつです。

毎日歩き始めてからしばらくして、せっかく歩くなら歩数計(スマホアプリ)を持って、その歩いた距離を残しておこうと考え、2017年2月からは毎日歩いた歩数をカウントしています。

ただ、歩数と言っても、家の中や、ちょっとした外出では歩数計の入ったスマホを持ち歩かないので、すべての歩数が記録されているわけではありません。

歩き始めた時に、とりあえず1日平均6千歩を目標に歩こうと決めました。これは1分にサクサクと速歩で100歩歩けば、1時間で6000歩になります。これが当面の目標です。

1日6千歩なんて簡単と思っていましたが、日によってはクルマで移動が多くほとんど歩かない日もあったりするので、時には倍以上の距離を歩かないと平均で月間のノルマに達しなかったりして、意外とたいへんです。

つまりウォーキングするときだけ6千歩を歩けば良いのではなく、大雨の日も、台風の時も、雪が積もったときも、1日中クルマに乗ってた日も含め、平均して1日6千歩に達するように決めました。1ヶ月、30日の月は、「30日×6000歩」で1ヶ月間で18万歩以上がノルマということになります。

こうした目標を定めておくのは、継続するのに最適で、三日坊主にはならず、1年半が経過した今でもその習慣が続いています。猛暑が続いたこの夏場も途切れず終盤にはフラフラになりながらも歩きました。

偉いねぇ〜(誰も言ってくれないので自分で言う)

またスマホの歩数計アプリには「仮想コース」が設定できるようになっていて、歩いた累計距離を地図上で換算し、いくつかの目標が設定できるようになっています。

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最初は、東海道五三次(東京から京都)までの仮想コースを設定、それが達成した後に、日本本州縦断(青森から鹿児島)と設定してきました。

東海道五十三次(東京から京都)までの仮想コース448kmは2017年の2月から5月にかけて走破※し、日本本州縦断仮想コースの総距離2056kmは2017年5月にスタート、今年2018年8月まで15ヶ月間かかって走破しました。
※走破:走ったり歩いたりして、長い道のりの最後まで行くこと(出典:weblio)

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計算上はどうかと言うと、2056kmを15ヶ月で割り、さらにそれを30日で割るとおよその1日平均キロ数が出ます。計算すると4.57km。

元々1日6千歩が、6000歩×歩幅70cm=歩く距離4.2kmが日々の下限目標でしたので、それと近くなっています。計算はあってますね。

途中2017年10月には入院・手術をおこない、歩けない日や、杖をついて短い距離だけ歩いた日も何日かありましたが、それらを含めて1日平均4.6kmを歩いたのは、自分で言うのもなんですけど上出来です。

1年半の月ごとの歩数グラフです。
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2回目の手術後の2017年12月から2018年8月までは9ヶ月連続して平均6千歩超えしています。1日だけ飛び抜けて多く歩く日もありますが、月平均で均すと1日6千歩を大きく超えることはありません。

若い頃は外勤中心の仕事をしていたので、ずっと多く歩いていましたが、10年ほど前から内勤の仕事に変わってからは歩く機会もめっきりと減り、メタボ一歩手前までいきましたので、ダイエット効果も抜群です。

歩き始めの頃は、家の近所でも初めて歩く道が多く、新しい発見などもあって刺激を受け、そこそこ楽しめました。


【ブラオヤジ・シリーズ】
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