2019年10月12日

二館物語(岡本太郎美術館&登戸研究所資料館)その1



川崎市多摩区は主に田畑や果樹園、大学キャンパス、それに東京へ通う人達の住宅地が拡がっているだけで大人が行ける名所、観光地と言える場所はほとんどないのですが、「川崎市岡本太郎美術館」と「明治大学平和教育登戸研究所資料館」は数少ない見所の多い施設です。あと向ヶ丘遊園跡地にできた「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」というのもありますが、基本子供向けです。

その二つの館を最近見学してきたので、2回に分けて紹介しておきます。

川崎市岡本太郎美術館」は、あの大阪万博でシンボルとなった太陽の塔の作者でもある、日本を代表する芸術家(彫刻、絵画、陶芸、書道など)岡本太郎氏の作品を集めた美術館です。

岡本太郎氏は明治時代の漫画家岡本一平氏と、歌人で作家の岡本かの子氏夫婦の長男として1911年(明治44年)に生まれ、1996年に84歳で亡くなるまで多くの作品を世に出してきました。

川崎市との関係は、生まれというか実家が川崎市高津区だったことで、1999年になぜか高津区ではなく隣の多摩区に美術館が完成しました。今年で開館20周年だったのですね。

岡本太郎美術館がある生田緑地周辺には、広大な丘陵地帯と二つの大学(明治大学と専修大学)キャンパスなどがありますが、このあたり一帯は、戦前までは旧日本陸軍が様々な秘密兵器を研究・開発するための「陸軍技術本部第9研究所」の跡地です。

今はこの生田緑地や岡本太郎美術館の最寄り駅は小田急線「向ヶ丘遊園」駅ですが、1955年までは「稲田登戸駅」という名称でした。したがってこの第9研究所は通称「登戸研究所」と呼ばれていました。

メイン入り口の生田緑地東口(向ヶ丘遊園駅から徒歩10分、有料駐車場や無料駐輪場もあり)から中に入ると、すぐに民家園(有料)の入り口があります。

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今回は有料の民家園やプラネタリウム(かわさき宙と緑の科学館)はパスし、緑の中の公園をズンズンと進んでいきます。

近所の幼稚園や小学校の遠足や写生会場のメッカとなっている中央広場には、蒸気機関車D51(408号、昭和15年製)と、客車スハ42-2047(昭和23年製)が置いてあります。

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私が小学生の低学年の頃までは、まだ山陰本線には蒸気機関車が走っていたので、夏休みに母親の実家へ行くときに何度か乗ったことがあります。懐かしいです。

さらに森の中を進んでいくと、岡本太郎美術館があります。生田緑地東口から徒歩で15分ぐらい歩きます。

美術館と言っても、デーンと建物がそびえているのではなく、地上には噴水やモニュメントと、地味なカフェがある程度で、美術館は地下に作られています。自然と景観をできるだけ残そうという趣旨なのかもです。

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展示室への入り口
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中の常設展示はフラッシュを使わなければ写真撮影もOKとのことで、割と自由に作品に触れたり座ったりできます。ただ部屋ごとに監視員が目を光らせているので、作品を汚したり傷を付けるようなことはダメですよ。

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一巡して出口付近にあるミュージアムショップで、岡本太郎のデザインが入った文庫カバーでもあれば買おうと思っていたけどそれはなく、「TAROの夢 唐辛子入り最中(もなか)」をお土産に買いました。

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お味は、、、唐辛子は余計ですね、ピリピリします、、、

外へ出でてから奥にあるシンボルタワー「母の塔」を見て、ウォーキングがてらに少し外回りをして東口へと戻ってきました。

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あと、注意点がひとつ。

岡本太郎氏の作品を集めた場所はここだけでなく、東京都港区南青山に「岡本太郎記念館」というのがあります。この記念館は同氏のアトリエ兼住居を改装して作られました。名称も似ているので、よく間違えられるようですから気をつけてください。

二館物語(岡本太郎美術館&登戸研究所資料館)その2」へ続く

【ブラオヤジ・シリーズ】
ブラオヤジ
ブラオヤジ2(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ3(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ4(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ5(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ6
ブラオヤジ7(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ8+名車列伝

posted by makan at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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