2009年11月03日

関西遠征2009秋版 その2 滋賀安土町、坂本市など



関西遠征2009秋版 その1 丹波篠山へ〜全国オフ会からの続きです。

関西遠征二日目は、今年の5月に行った安土城跡のすぐ側にある安土城考古博物館と信長の館から始まります。前回来た5月に安土城跡に登ったときは夕方に着いて、山を降りてきたらもう5時を過ぎていて博物館は終了していました。なので今回安土を再度訪問です。

まずはJR安土駅です。この駅前には織田信長の銅像や安土町城郭資料館があります。通常電車で訪れる人はここがスタートとなりますが、車でしたので駅前の無料駐車場にまず置いて銅像を探します。

普通安土城のある側に銅像が建っていると思いきや、駅の表は安土山とは反対側で、そちらに銅像が建っていました。安土町城郭資料館はその駅裏にありましたので、なんだかちょっとちぐはぐな感じがします。

駅前にあった観光案内図
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安土駅正面とその隣にある交番。
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駅のしょぼさと交番の豪華さに戦国時代と同様に権威の差を感じます。500年間なにも変わっていないのが日本です。

織田信長像です。似ているのかどうかわかりませんが、NETでみる限りあまり好評ではなさそうです。

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独眼竜正宗(仙台青葉山公園)、武田信玄(甲府駅前)、徳川家康(駿府城や岡崎城など)などと比べて、迫力や威厳に欠け、もったいない感じがします。どうせ実物を知っている人はいないんだから、もっと独創的で権威のある天下人をイメージした(例えばちょっと極端すぎますが映画GOEMONに出てくるような)銅像を作ってもらいたいものです。

駅前から安土城考古博物館へ車で移動します。
逆光で暗いですが車の後方にあるのが博物館です。そして中にはじっくり見ようとすると半日以上かかる展示物や資料が豊富にあります。下の写真は様々な資料にある織田信長の顔です。全体的には面長でやせていて、ヒゲや髪の毛は少なく眼光鋭くと言ったところでしょうか。そのためになかなか迫力のあるイメージの銅像が造れないのでしょうか。

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県立だけあって、入場料も400円(隣にある「安土城天主信長の館」との共通券で720円)と安い上に、何かよくわからないいい加減な博物館や美術館で入場料数千円とるものと違い、十分見る価値のあるものでした。

信長の館は、スペイン・セビリア万国博覧会に出展された、幻の安土城天主の5・6階部分の原寸復元されたものです。

信長の館の展示ドーム全景
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安土城天主の5・6階部分のうち5階は朱塗りの8角形で仏教観を表しています、6階は金箔貼りで道教や儒教の中国(唐)をイメージしています。下の写真は6階の室内です。壁やふすまに描かれた絵は当時最高の画家と言われていた狩野永徳が描いたとされています。
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さて博物館を後にして、次はすぐ近くにある観音寺城跡を見に行きます。観音寺城は安土城のすぐ側にあった山城で安土城が約200メートルの高さに造られたのに対して、430メートルと倍以上の高さのある山上に造られていました。

戦国時代には防御のためできるだけ急峻な山上に城を築くのは意味がありましたが、ほぼ近畿一円を治めて近くに対立する強大なライバルのいない信長は安土山で十分だったのでしょう。もちろん安土城も琵琶湖の湖水や周辺の沼地と石垣で防御性の高い城であったことは間違いありませんが。

観音寺のある観音寺山(繖山)へ向かい狭い道を車で上っていくと途中でバリアがあり、おじいさんとおばあさんがお地蔵さんのようにたたずんでいます。

暗い道からいきなりここへ出ると「出たな妖怪!」とか思ってしまいそうですが悪い人ではなさそうです。ここで500円(高い!)を支払って(名目は繖山林道景観整備協力金)さらに狭い道を登っていきます。

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行き止まりに10台ほどが停められるスペースがあり、そこに停めてまずは観音寺へ向かいます。地図ではすぐだったのですが、油断していると長い石段が続きます。山のほとんど上まで車で登っているので、麓から石段で登る安土城ほどではないものの、それでも不揃いでしかも高さのある石段を登るのはたいへんです。休み休み観音寺に着いたときは息が完全にあがっていました。

ハイキングコースにもなっていて一番下から登ってくる人も多いようですので、いかに軟弱な体力になっているかという証拠です。そう言えば京都に住んでいるときは比叡山(約800メートル)に麓から登るのもさして苦労してませんでしたが、あれは遠い遠い昔の話しです。

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観音寺は意外と賑やかで、なんやらご開帳とかで多くの参拝者が来ていました。

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観音寺の境内の中程に「観音寺城跡」方面を指す小さな看板があり、それに従って再び山道を歩きます。そしてまた石段が続きます。まったく600年も前にこんな山の上に城と石垣を作ったなんて、想像に絶することです。

石段の高さは1段が30センチぐらいあります。タバコは比較のため。
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ゼイゼイ言いながら頂上の本丸跡地近くに到着します。その横をハイキングの格好した私より年配の中高年がスタスタと歩いていきます(世界一の長寿国というのがよくわかる瞬間です)。

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本丸の石垣(上)と水溜?(下)
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安土城と観音寺城の山の高さの比較ですが、下記の写真の通りです。かなり近くで撮影した安土山(下)とその倍以上の距離で撮影した観音寺山(上)です。
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観音寺から駐車場へと下り始めたところで雨が降ってきました。登る前だったら断念していたと思いますが、ラッキーでした。その後は琵琶湖の湖岸道路に戻り、有名な「鮎家の郷」という道の駅の豪華版みたいなお土産屋さんへ。
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雨が降ってきて肌寒かったのですが、なぜかソフトクリームを。なんと「八つ橋&抹茶」味です。隣の白いソフトクリームは等身大の巨大な看板で撮影のマジックです。

次は琵琶湖大橋を渡り、坂本市内から穴太(あのう)へ。狭い道に迷い込んだのですが、いきなり町のあちこちに穴太積みの石垣がいっぱいです。もう穴太積みを知る職人はいないと聞きましたが、ちゃんと保存、メンテはされているのでしょう。雨が降り続いていたので散策はできませんでしたが、雰囲気は感じられました。まったく観光化されていないのがまたとってもいい感じです。

盛安寺(だったかな)の石垣
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京阪坂本駅近くの石垣
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穴太積みや穴太衆のことは、映画「火天の城」にも登場していましたが、佐々木謙著の天下城に詳しいです。主人公が安土城の石垣を作る穴太衆ですから。

さて、今日の食事ですが、昼は天下一品のチャーハン定食(こってりラーメンとチャーハン)で、夜は東名高速の富士川SAでしらす丼定食(しらす丼とそば)でした。

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天一は直営ではないチェーン店ではメンチカツ定食だとかわけのわからないメニューもありますが、どうなんでしょうかねぇ、、、30年以上の年季の入ったファンとしては、ちょっと残念なところ。

富士川SAは清水や由比、沼津の漁港と近く、ちゃんとしたところが良心的に経営すればもっと新鮮で美味しいものを安く出せるのでしょうけど、どうも相変わらず旧道路公団のファミリー企業が経営しているらしく、不味くて高いだけの昔のSAのレストランと変わらない貧弱な食事しかなくって残念です。いつも空いていて急いでいるときはいいのでしょうけどね。

滋賀を17時に出て、今回は新名神経由ではなく名神をずっと走り、途中小牧JCTあたりと豊田JCTあたりで大きな渋滞に引っかかりながら、23時半には川崎の自宅に到着しました。行きは5時間、帰りは6時間半でした。

番外編へ続く
関西遠征2009秋版 番外編(信長の館、観音寺山、穴太積み)

本編
関西遠征2009秋版 その2 滋賀安土町、坂本市など
関西遠征2009秋版 その1 丹波篠山へ〜全国オフ会




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