2018年03月17日

私のマイカー遍歴 その2



その1では、1977年〜1993年までの17年間、4台のマイカーを紹介しました。

三菱 ギャラン FTO 1600GS5(1977年2月〜1979年2月)中古
日産 バイオレット 1600SSS HT(1979年2月〜1983年12月)中古
ホンダ プレリュード 1.8XX(AB型)(1983年12月〜1988年10月)新車
ホンダ プレリュード 2.0Si(BA型)(1988年10月〜1993年9月)新車

その2では1993年から2008年までの15年間、2台のマイカーの紹介です。

子供も成長し、いよいよクーペモデルでは苦しいという事情もあり、5年目で2回目の車検時(1993年)までにセダンかワゴンに買い換えることを検討し始めました。

そこでまず候補に挙がったのが、1992年10月に登場したランサーエボリューション(初代)です。

めちゃいい。エンジン(250馬力)、足回り、シート(レカロ)、ステアリング(MOMO)、サイズ(5ナンバー)すべてにいい。もちろんセダンなので家族もゆったり?と乗れます。足回りはたぶんガチガチだろうけど。

そしてそこに追いかけるように1992年11月に登場したのが、その後20年間、ランエボと国内のみならず世界中でライバルとなる、インプレッサWRX(初代)です。

それ以外に検討の場に挙がったのは8代目スカイライン GTR(R32セダン)と、ランチア デルタ HFインテグラーレなどがあります。

まずR32GTRは、良いクルマだとは思いましたが、近所の日産ディーラーの営業が超強気で、軟弱?なプレリュード乗りに対し「売ってやってもいいぞ」という上から目線で、さらにエンジンは大きな2.6リッター、幅広の3ナンバー車ということもあり、値段も高価でちょっと興味がそがれて撤収。

ランチアは、近所のマツダ系オートザムで販売していたので、何度か訪問して営業と交渉するも、いまいちマツダの担当営業には熱意が感じられず、またクラスはスカイラインより一段下で内装は貧弱で、だけど価格はスカイラインGTRとほぼ同じということ、極めつけは品質がイタリアンで塗装むらは当たり前、ディーラーの人から屋根とドアの隙間から「雨が漏ることもあります」と言われ断念。

残るはランエボとWRXの2強対決となりました。

1lancerwrx.jpg

両車の比較
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台数限定車のランエボ(初代)に対して、量販モデルのWRX(同)の違いはあったものの、性能は似たり寄ったり。価格はランエボが少し高いけど、全席レカロのシートやMOMOステの分と思えば納得もいく。

ランエボは試乗できなかったものの、WRXには乗れたので試乗をしました。中古になったときのリセールバリューを考えるとやっぱり5千台限定のランエボ1択ですけどね。

う〜悩みました〜

優先度はランエボだけど、三菱ディーラーよりもスバルディーラーのほうがずっとやる気があって、もう一度WRXに試乗してから決めようと思い、近所のスバルディーラーでWRXを回転数リミッターにあたるまでぶん回してみて、ディーラーへ戻って悩んでいたら、せっかくだからこちらも試乗してみませんか?と言われたのが、WRXと基本同じEJターボエンジンを積む初代レガシィツーリングワゴン(BF)GT。

期待もせずに乗ってみると、これがめちゃ極楽でいいw。

ランエボもWRXもランチアデルタも言ってみれば小型ファミリーカーがベース。それに対してレガシィはワンクラス(車格)上で、5ナンバーサイズながら内装の質感もより上質で、しかも同じ4駆でありながら静粛性も抜群。

スバルはインプレッサWRXが登場するまでは、このレガシィ(セダンBD型)でWRCに出場していたわけで、ちょっと基本設計年度は古いけど、性能的にも文句なし。

そしてまもなくフルモデルチェンジするというモデル末期で、これと同じ型でいいならと在庫一掃?の大判振る舞いで、コスパから考えるともうこれしかないw。

って感じで、マイカー5代目は急遽レガシィツーリングワゴンに決定しました。

ってオィ!

あれだけ期待を煽っておいたランエボはどうした!って声が聞こえるw

この時のランエボ喪失症候群が、16年後にランエボ10の購入につながっていくことになろうとは、その時は知るよしがありませんでした(浅見光彦ドラマ風)。


5台目
1993年式 スバル レガシィ ツーリングワゴン2.0GT(BF5型)(1993年9月〜1998年9月)

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さすがにツーリングワゴンだけあって、家族と荷物を満載し、ロングドライブに活躍してくれました。

運転好きな家族持ちの人にはステーションワゴンは最適です。ミニバンじゃ運転は楽しめません。

そしてこれが初めてのフルタイム4輪駆動車ということで、そのメリット、デメリットも理解でき、その後20年間に渡り、フルタイム4駆のクルマに魅了され、乗り続けることになります。

エンジンは2000cc水平対向ターボで、その後長く使われ名機とも言われるEJ20(ターボ)エンジンが最初に搭載されたモデルで、初めて買ったターボ車です。しかもこのターボはいわゆるドッカンターボと言われる急激にパワーを発生するちょっと過激なタイプでした。

高速道路では100km/h+αを維持したまま、なんの不安もなく淡々と走り続けることができるこのクルマは、坂道でも雨でも雪でも関係なく、安定した走行を約束してくれました。

そのため、空いている上信越道路(80km/h制限)を気持ちよく滑走していたら、知らぬ間に後ろから覆面クラウンが猛烈に追い上げてきて、え?って思う間もなく赤色灯クルクル、一発免停の速度で捕まってしまいました。

高速機動隊員「めっちゃ飛ばすね〜全然追い付けなかったよ〜」って、追い付いたから捕まったんじゃん。

ピッタリ後ろにつかれた時はとても一発免停のような速度ではなかったので、追い上げ加速中に速度計測ボタンを押されてしまったようです。もっとも悪いのは私ですから文句は言いません。

ちなみにこれを深く反省?し、その後は駐車違反など軽微なものを含め違反で捕まることはなく、その免停から約6年後の免許更新でゴールド免許証に変わって以降、10数年経った現在もゴールド免許を維持しています。

改造は、ステアリングをMOMOへ、メッキで光り物のグリルをブラックの社外グリルに交換したぐらいで、特にイジっていません。

当時のレガシィは5年おきにモデルチェンジをおこなっていたので、初代レガシィの末期モデルを購入した5年後(2回目の車検時)には次の次の新型モデルが出てきます。

この初代レガシィがたいへん気に入っていたので、そのままレガシィの3代目モデル(BH型)ツーリングワゴンを購入することにしました。

他社のワゴンやセダンも一応は検討しましたが、当時のレガシィを上回る性能、価格、居住性が得られるものはなく、ほとんど悩むこともありませんでした。

それゆえその当時のスバルディーラーの営業はライバル不在ということもあって、やたら強気で、しかも新型レガシィにFMCしたばかりで「値引き?冗談でしょ?どうしても欲しいなら売ってあげますよ、どうせここで買うしかないでしょ?」って感じでした。

その若い営業担当の傲慢な態度にカチンときたので、ディーラーではなく近所の業販店(各社の新車・中古車を扱うお店)で、希望する条件まで値引きをしてもらって購入しました。

そうしたら、どこからかその情報が入ったらしく、契約した直後にディーラーの担当営業が店長をともなって慌てて自宅へやって来て、ひたすら低姿勢で、値引きもするから考え直してほしいと言ってきましたが後の祭りです。

私の場合、点検や軽めの修理なら自分でできるので、別に地元のディーラーに依存しなくてもやっていけますが、なんでもディーラー任せよ!と言う人は、おとなしくディーラーの営業の言いなりで買うしかないでしょう。もちろん業販店で買ったスバル車の場合でも、ディーラーのサービスは問題なく全国どこででも受けられます。当然ですが、地元のディーラーへ持ち込むと、やや冷ややかな扱いは感じますけどね。


6台目
1998年式 スバル レガシィ ツーリングワゴン2.0GT-B(BH5型)(1998年9月〜2008年3月)

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この3代目のレガシィはそれまで乗っていた初代レガシィから設計年度からすると約10年の開きがあるため、技術の進歩に驚きました。

高級なビルシュタインのショックアブソーバがおごられた抜群の足回り性能、低速域からターボを効かせられるツインターボ、ヘッドライトは今では珍しくはないけど当時は最新のディスチャージヘッドランプ(キセノンまたはHIDとも言う)タイプ、インテリアもずっと上質の感じなど。

ただこの頃(2000年以前)のクルマはまだカーナビを装着するのが一般的ではなく、後付けでオーディオプレーヤーの隙間(1DIN)に社外のインダッシュモニターを装着し、DVDナビ本体はフロントシートの下、TVアンテナは後部の窓に貼り付けと、すべて自分で取り付けたので配線の取り回し等がたいへんでした。

そして困ったことにモニターのすぐ横にエアコンの温度センサーが付いていて、モニターの発熱を感知してしまい、オートエアコンだと冬でも冷気が出てくるなど、いろいろ問題がありました。

カーナビ装着を考慮したインパネが一般的になるのは、国産車の場合、この後2000年頃以降に新車として登場してくるクルマということになります。

改造は、ステアリング交換(イタルボランテ)、ホイール(安物)、マフラー(フジツボ)、電動レカロシート、後期になって車高調(プローバ)など。

このBHレガシィは本当によく活躍してくれて、その後、特に欲しいクルマがなかったこともあり、都合9年半も乗り続けました。過去最長記録です。

私のマイカー遍歴 その1

私のマイカー遍歴 その3(最終回) へ続く




posted by makan at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他雑感
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