2019年02月02日

ブラオヤジ7(含む旧車シリーズ)


2017年2月から歩数を記録し続けているリハビリを兼ねたウォーキングは丸2年が経ちました。その間、目標は1日平均6千歩で、習慣化したおかげで今でも続いています。

ただ今年は、毎日6千歩を休まず歩こうというのではなく、メリハリを付けて、歩く日は1万歩でもしっかり歩き、歩かない日も時々あるという緩やかな使命を自分に与えています。その結果、月単位で1日平均6千歩に達すれば上出来としています。

すでにウォーキングの範囲内で、新たな旧車(変な表現)を見つけることは少なくなってきていますが、ここ3ヶ月ほどで少し溜まってきたのでまとめておきます。

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三菱 ランサーEX(2代目)A175型 1979年〜1987年

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写真は1981年以降の1800GSRターボ、通称ランタボと思われます。1970年代にラリー界で大活躍した初代ランサーの後を受けて、WRCにも参戦。1982年1000湖ラリーに出場し3位に入るもすぐに撤退。WRCはその後同じエンジンを載せたスタリオン4WDへと引き継がれますがパッとせず、1992年以降にその遺伝子は4代目ランサーから派生したランサーエボリューション(初代)へと引き継がれていきます。

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日産 グロリア(9代目)Y32型系 1991年〜1995年

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日産が誇る高級乗用車の姉妹車セドリック(ダットサン系)とグロリア(プリンス系)はこのモデル以前は5ナンバーサイズでした。このモデルで初めて3ナンバーへと幅が拡大します。
長くトヨタクラウンと豪華さや性能を競ってきましたが、この時代のセドグロコンビはクラウンに対して善戦していました。やがて高級乗用車市場は日産シーマ、トヨタセルシオ(レクサス)とワンランク上へ移っていき、セドグロは2004年に後継車フーガに託してその名は消えることになります。

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日産 サニー(6代目)B12型系 1985年〜1990年

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それまでの平凡で埋没しそうなスタイルから、定規をあてたような直線と角張ったスタイルに変身したモデルです。1983年からフォルクスワーゲンの小型セダン、サンタナを日産が国内で製造・販売をしていて、そのスタイリングや性能に影響を受けたと言われています。いわばミニサンタナですね。この頃のサニーは派生型スポーツモデルなども出して健闘しましたが、トヨタカローラの牙城を脅かすには至らず、9代目サニーを最後に2006年に消滅しました。ちなみにサニーという名称は公募で決まったという珍しいパターンです。

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日産サニートラック(2代目)GBB121/122型 1977年〜1989年

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サニトラの愛称で、古き良き時代のMade in Japanというか、タフで壊れにくく、使い勝手が良い商用トラックとして、日本国内のみならずアフリカや東南アジアでもよく走っています。排気量が1200ccのA型エンジンでMTのみ。

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日産 エスカルゴ(S-Cargo) 1989年〜1990年

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商用貨物車のカテゴリーに入るスタイリング重視のパイクカーです。受注生産で2年間の間に約1万600台が販売されました。エンジンはE15S 直4 SOHC 1487cc。同種のパイクカーとしてBe-1、フィガロ、パオなどがあり、日産やるなーと思った時期でしたが、お遊びが過ぎたのか、その後は急速に保守的となり、経営が一気に厳しくなります。そして2000年にカルロス・ゴーン氏が乗り込んでくるわけです。

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日産 ラシーン NB14型 1994年〜2000年

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現在世界中で大流行しているクロスオーバーSUVの先駆け的な存在の4WD。この車体色はCMで使われていたドラえもんに準じ「ドラえもんブルー」と言われていたとか。エンジンは1.5、1.8、2.0と3種類ありました。ドラえもんは、その後トヨタ車の宣伝キャラクターへ心変わりしていきます。

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日産 180SX RS13/RPS13/KRPS13/RPS13型 1989年〜1998年

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S13型シルビア(5代目シルビア)と姉妹車です。この180SXにシルビアのフロントをパコッと移植したものが俗に言う「シルエイティ」で、古き良きドリフト大好きFRスポーツ車です。エンジンは1800ccと2000ccの2種類があり、いずれもターボで過給、スポーツ性能は高いものがありました。トヨタのAE86(レビン&トレノ)は1987年に生産が終わり、その後ドリフト走行が楽しめる小型FR車としては数少ないモデルとなります。またドリフト族には不評でしたが、日産ご自慢の4輪操舵システムHICASを装備したモデルもありました。

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マツダ ロードスター(初代)NA系 1989年〜1997年

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当初は販売チャネルの関係でユーノスロードスターという名前でした。一時的にはヒットしてもすぐに売れなくなり数が出ないこうした2シーターオープンスポーツカーを大量生産してナンボの大メーカーが作るのはとてもリスクがあり難しいのですが、これがなんと世界的に大ヒットして現在は4代目ND系へとつながっていきます。「世界で最も売れた2シータースポーツカー」というのでギネスにも登録されているとか。このNA型のエンジンは1600ccと1800ccの2種類あり、ボディサイズは5ナンバー枠に入っています。ロードスターの中でリトラクタブルヘッドライトはこのNA型モデルのみです。

個人的には1996年(23年前!)にレンタカーでこのNAのマニュアル車を3日間借りて遊び倒しましたが、いや〜めちゃ楽しかったです。

その時の唯一残っていた写真w
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ホンダ CR-X(2代目)EF6/7/8型 1987〜1992年

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ホンダお得意のFFライトウェイトスポーツとして初代が1983年にデビューし若者に大ヒット。その2代目です。本当に小さく天井も低いので、後席は大人がちゃんと乗れずお飾りのようなものでした。若いカップルにとってはそれで十分ということなのでしょう。その後3代目まで、1997年までは作られましたがやがて廃止。
このコンセプトはまだいけるはずだ!とホンダの誰かが思ったのか、2010年には同様のコンセプトで作られたCR-Zがハイブリッド車として登場しましたが、若者ではなく若作りな中高年にしか理解されず、鳴かず飛ばずに終わり、あまり売れないまま2017年に静かに生産が打ち切られました。

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トヨタ セリカ(5代目)T180型 1989年〜1993年

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このタイプのセリカまではベーシックモデルは5ナンバーサイズだったものの、後期にGT-FOUR Aのワイドボディが登場し、3ナンバーモデルとなりました。
WRCでは圧倒的な強さを見せていたランチアデルタの牙城を崩し、1990年に日本車としては初の年間ドライバータイトルをカルロス・サインツが取得する快挙を達成しました。
映画「私をスキーへ連れてって」(1987年)でゲレンデ等を爆走するGT-FOURは、このひとつ前のST165型です。

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フォード・Fシリーズ(2代目) 1953年〜1956年

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F-100かな?よくわかりません。このフォードFシリーズ(ピックアップトラック)は1948年の初代から、現在の13代目まで途切れることなく脈々と続いている長寿のクルマ(名称)です。アメリカの古い映画を見ていると田舎を走るシーンにこのトラックがよく象徴的に出てきます。
日本車でもっとも長寿のトヨタクラウンは2018年にFMCした現在のモデルで15代目で、最初に登場した初代が1955年なので、その7年前からこの車種は継続していることになります。
し、しかし、私とほぼ同い年ということは60年以上前のクルマなんですねぇ、、、走るスクラップというか、私と同様、よく生きながらえているのが不思議です。

【過去のブラオヤジ】
ブラオヤジ
ブラオヤジ2(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ3(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ4(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ5(含む旧車シリーズ)
ブラオヤジ6
ブラオヤジ7(含む旧車シリーズ)





posted by makan at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康
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